大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)5858号 判決 1986年8月07日
原告
嶋田召美
被告
中村こと安永子
ほか二名
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告安永子及び同河野啓子は原告に対し、それぞれ五一五三万九〇〇八円及びこれに対する昭和五三年一月二〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告共栄火災海上保険相互会社(以下、「被告会社」という。)は原告に対し、八三七万円及びこれに対する昭和五三年一月二〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 本件事故の発生及び原告の受傷
被告安永子は、昭和五三年一〇月二〇日午後七時二五分ころ、普通乗用自動車(登録番号、大阪三三ち三六八号。以下、「加害車両」という。)を運転し、大阪市南区玉屋町二三番地先の信号機のない交差点付近を走行中、自車前方で一旦停止をした原告運転の普通乗用自動車後部に自車前部を追突させた(以下、「本件事故」という。)。
原告は、本件事故によつて頸椎捻挫、頭部外傷第Ⅱ型、腰部捻挫の傷害を負った。
2 被告らの責任
(一) 被告安永子は、加害車両を運転するに際し、同一進路前方を走行する車両との適度の車間距離を保持し、かつ前方車両の動静を注視し、これが停止したときには直ちに自車を停止させるなどして前方車両との追突事故を未然に防止すべき注意義務があつたのにこれを怠り、前方を走行していた原告運転車両に対する注視を欠いたまま漫然と進行し、原告車の停止に気付いて適切な制動措置をとるのが遅れた過失によつて本件事故を惹起させたものであるから、民法七〇条により後記損害を賠償する責任を負うものである。
(二) 被告河野啓子は、昭和五一年五月一四日に加害車両を購入してこれを所有し、本件事故当時加害車両を自己の運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という。)三条により後記損害を賠償する責任を負うものである。
(三) 被告会社は、加害車両につき被告河野啓子との間で、本件事故発生時を保険期間内とする自動車損害賠償責任保険(以下、「自賠責」という。)契約を締結していたから、自賠法一六条により、その保険金の限度において後記損害を填補する責任を負うものである。
3 損害
(一) 逸失利益
原告の前記受傷は、結局完治しないまま、原告に(1)頭痛、項部痛、腰部痛等の各所の痛み及び圧痛、(2)頸部及び肩関節の運動障害(頸部の可動範囲は五一・四パーセント)の各後遺障害を残存させて昭和五七年一二月六日その症状が固定したものであるところ、右(1)の後遺障害は自賠法施行令二条別表後遺障害等級表(以下、「自賠責等級表」という。)に定める第一二級一二号(「局部に頑固な神経症状を残すもの」)に、右(2)の後遺障害は自賠責等級表に定める第八級二号(「脊柱に運動障害を残すもの」)にそれぞれ該当するので、結局、原告の右後遺障害の程度は、自賠法施行令二条一項二号ニの規定により、自賠責等級表に定める第七級に相当するものというべきである。
ところで、原告は、右症状固定時満四三歳の男子で、少くとも統計上推計される男子労働者の平均給与月額三九万八八〇〇円の収入を得ることができたところ、右後遺障害により就労可能な六七歳までの二四年間にわたりその労働能力を五パーセント喪失するにいたつたものであるから、原告が失つた収入総額からホフマン式計算法によつて年五分の割合による中間利息を控除した右逸失利益の右症状固定時における現価は、四一五三万九〇〇八円である。
398,800×12×0.56×15.500=41,539,008(円)
(二) 慰藉料
原告が右後遺障害によつて被つた多大の精神的、肉体的苦痛を慰藉するに足りる慰藉料の額としては六〇〇万円が相当である。
(三) 弁護士費用
原告は、本訴の提起及び遂行を原告訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬として四〇〇万円を支払うことを約した。
以上合計五一五三万九〇〇八円
よつて、原告は、民法七〇九条に基き被告安永子に対し、自賠法三条に基き被告河野啓子に対し各損害賠償金五一五三万九〇〇八円、自賠法一六条に基き被告会社に対し自賠責等級表に定める第七級の本件事故当時における保険金限度額八三七万円及びこれらに対する不法行為の日から各完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
二 請求原因に対する被告らの認否
1 請求原因1の事実中、本件事故と原告の受傷との間の因果関係の点は知らないが、その余の事実は認める。
2 同2の(一)ないし(三)の各事実はいずれも認めるが、被告らになんら責任がないことは後記のとおりである。
3 同3の事実は知らない。仮に、原告に後遺障害が残つていたとしても、その障害は自賠責等級表に定める第一二級一二号(「局部に頑固な神経症状を残すもの」)に該当する程度のものにすぎない。のみならず、右後遺障害自体、原告が本件事故前の昭和五〇年三月三日に遭つた交通事故に起因するもので、本件事故によつて生じたものではない。
三 抗弁
1 被告安永子(和解契約の成立)
被告安永子代理人田中喜八郎と原告とは、昭和五六年五月七日、本件事故に関し、(一) 被告安永子は原告に対し、治療費、休業補償、慰藉料、後遺障害補償費等本件事故によつて原告に生じた一切の損害を填補する賠償金として、既払額(一一九二万二四二二円)を除き五〇〇万円を支払う、(二) 原告は、本件事故に関し爾後一切被告安永子に対して損害の賠償を請求しないとの内容の和解契約を締結したところ、被告安永子は、その後まもなく右約定の五〇〇万円を原告に支払つたので、原告の被告安永子に対する損害賠償債権はこれにより消滅したものである。
2 被告河野啓子
被告河野啓子は、昭和五一年一一月加害車両を訴外小西きみ子に売り渡し(翌五二年二月二八日移転登録済み。)、同訴外人は同五二年八月二六日これを被告安永子に売り渡したものであつて、本件事故当時すでに、加害車両は被告河野啓子の運行支配から離脱していたものである。
3 被告会社
(一) 和解契約の成立
被告安永子の抗弁1に記載のとおりであるから、原告の被告会社に対する自賠法一六条に基く損害賠償額の支払請求権(被害者請求権)もこれによつて消滅するにいたつたものである。
(二) 消滅時効
原告は、昭和五七年一二月六日(症状固定時)、後遺障害による損害を知つたものであるが、これよりすでに二年が経過している。
仮に原告が昭和五七年一二月六日に右損害を知ることができなかつたとしても、原告は、昭和五八年一一月一五日被告会社に対し、右後遺障害につき自賠法一六条による損害賠償額の支払の請求(被害者請求)をしたので、遅くともその時点では右損害を知つたものというべきところ、右の時点からでもすでに二年が経過しているので、被告会社は、本訴において消滅時効を採用する。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の(一)のような内容の和解契約を結んだことは認めるが、その契約は(二)のような内容を含むものではなく、また、(一)についても、一切の損害を填補する賠償金の支払を約したものではない。すなわち、本件事故に起因する後遺障害による損害については、これに対して支払われる自賠責保険金の限度を超えてはその賠償を請求しない旨を約したにとどまり、そのような損害を含む一切の損害について賠償請求権を放棄したものではない。
2 同2の事実は認める。
3 同3の(一)については右1と同様である。同3(二)の事実中、症状固定の時期及び原告が被告会社にその主張の時に自賠法一六条による被害者請求をしたことは認める。
五 再抗弁(時効の中断)
原告は、昭和五九年八月一六日、本件事故の加害者及び加害車両の保有者を相手方として右事故に基く損害の賠償を求める訴訟を提起したので、原告の被告会社に対する本件自賠責保険金請求権の消滅時効はこれによつて中断したものである。すなわち、自賠法一六条による被害者請求権は、加害者の損害賠償債務を主たる債務とする自賠責保険の保険者の連帯保証債務たる性質を有するものであるから、加害者に対する請求は、保険者に対する請求と同様の効力をもつものというべきである。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。
理由
一 被告安永子に対する請求について
請求原因1及び2(一)の事実関係は、本件事故と原告の受傷との間の因果関係の点を除き当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第九号証の一ないし一六及び原告本人尋問の結果によれば、原告主張の傷害は本件事故によつて生じたものであることが認められる。
そこで、抗弁1(和解契約の成立)の事実について判断するに、成立に争いのない乙第一号証、証人田中喜八郎の証言及びこれによつて原本の存在及びその真正な成立が認められる乙第八号証によれば右事実を認めることができ、原告本人尋問の結果中これに反する部分は措信し難く、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。
右認定の事実によれば、原告の被告安永子に対する本件事故に基く損害賠償請求権は消滅したものというべきである。
二 被告河野啓子に対する請求について
抗弁2の事実は当事者間に争いがないので、被告河野啓子は本件事故当時加害車両の所有権を喪失していたものというべきところ、加害車両を所有していたこと以外に同被告が本件事故当時加害車両を自己の運行の用に供していたことを基礎づけるに足りる事実については、何ら原告において主張立証しないところであるから、同被告は、本件事故につき自賠法三条による責任を負うものではないというべきである。
三 被告会社に対する請求について
抗弁3(一)(同1)の和解契約成立及び和解金支払の事実が認められることは前記のとおりであるところ、被害者の加害者の対する損害賠償請求権と保険会社に対する自賠法一六条に基く損害賠償額支払請求権(被害者請求権)とは、それぞれ別個独立の請求権ではあるけれども、被害者請求権が、被害者に対する迅速確実な救済を図るため、加害者の賠償義務の履行を保険会社に肩代わりさせる趣旨で法によつて特に認められた権利であるところからすれば、加害者に対する損害賠償請求権が消滅したときは、特段の事情のない限り、従たる権利である被害者請求権も消滅するものと解するのが相当である。したがつて、特段の事情の認められない本件の場合、原告の被告会社に対する自賠法一六条に基づく損害賠償額支払請求権(被害者請求権)も右事実により消滅するにいたつたものというべきである。
四 結論
以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告らに対する本訴各請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 藤原弘道 山下満 橋詰均)